ジュール・ヴェルヌのSF小説が描いた未来技術:フィクションと現実のシンクロニシティ
ジュール・ヴェルヌと未来の符合
19世紀フランスの小説家ジュール・ヴェルヌ(Jules Verne, 1828-1905)は、「空想科学小説の父」とも称され、その作品群は多くの読者に親しまれています。彼の描いた物語には、当時の科学技術の延長線上にあると同時に、発表当時には存在しなかった革新的な技術や出来事が数多く登場します。驚くべきことに、これらのフィクションが、後に現実世界で実現したり、あるいは現実の出来事と奇妙な符合を見せたりする事例が指摘されています。こうした、作家の内面世界から生み出された想像上の要素と、外界の現実との間に見られる非因果的な連関は、シンクロニシティという現象を考察する上でも興味深い示唆を含んでいると考えられます。
ヴェルヌ作品に見られる「予見」された事例
ジュール・ヴェルヌの作品において、後の現実と符合するとされる具体的な事例は多岐にわたります。
- 潜水艦と『海底二万里』: ヴェルヌの代表作の一つである『海底二万里』(Vingt mille lieues sous les mers, 1870年発表)に登場する高性能潜水艦ノーチラス号は、当時の技術水準を遥かに超えたものでした。電気を動力とし、長期間の潜航が可能で、海底資源を利用するなど、その描写は後の原子力潜水艦や海洋探査技術を彷彿とさせます。現実において実用的な潜水艦が登場するのは20世紀に入ってからであり、ヴェルヌの描いた能力を持つものはさらに後年のこととなります。
- 月世界旅行と『月世界旅行』: 『月世界旅行』(De la Terre à la Lune, 1865年発表)では、巨大な大砲で搭乗員を乗せた弾丸型の宇宙船を月に向けて打ち上げる物語が描かれています。興味深いのは、打ち上げ場所がフロリダ州であること、搭乗員が3名であること、そして太平洋に落下して帰還するという描写が、後のアポロ計画と複数の点で類似していることです。もちろん、大砲で打ち上げるという方法は現実的ではありませんが、場所や人数、帰還方法といったディテールの一致は偶然としては奇妙に感じられます。
- その他の技術: 『八十日間世界一周』(Le Tour du monde en quatre-vingts jours, 1873年発表)での国際的な旅の描写は、後の交通網の発達を予感させるものです。また、『十五少年漂流記』(Deux ans de vacances, 1888年発表)では、子供たちが無人島で生き延びるために協力し、自然を利用する知恵が描かれており、後のサバイバル技術や集団行動の心理に通じる側面があります。
これらの事例は、単なる偶然の一致として片付けられることもありますが、なぜ特定の作家の想像力が、後の現実世界で具体化される出来事や技術と繰り返し符合するのかという問いは残ります。
偶然か、集合的無意識か:シンクロニシティとしての考察
ヴェルヌの作品に見られる未来との符合をどのように解釈するべきでしょうか。
一つの解釈は、これらの符合が単なる偶然であるというものです。当時の科学技術の進歩の萌芽を捉え、論理的な思考の延長線上で可能性のある未来を描写した結果、一部が現実化したに過ぎないとする見方です。ヴェルヌ自身、科学雑誌を熱心に読み、専門家から情報を得ていたと言われています。したがって、彼の想像力が当時の最新科学に基づいていたことは確かであり、ある程度の予見性は当然の結果であるとも考えられます。
しかしながら、単なる合理的な推論だけでは説明しきれない、奇妙なディテールの一致や、技術そのものの革新性の描写については、別の視点からの考察も可能となります。カール・グスタフ・ユングが提唱したシンクロニシティ(同期性)の概念は、このような事例に新たな解釈の可能性をもたらします。シンクロニシティとは、意味のある偶然の一致、すなわち「非因果的な連関の原理」です。人の内的な心理状態や思考内容が、外的な物理的な出来事と意味深いつながりを持って同時に現れる現象を指します。
ヴェルヌの場合、彼が小説として表現した想像力や創造的なヴィジョンが、ある種、未来の現実世界における物理的な出来事や技術の出現と同期していたと捉えることができるかもしれません。これは、作家の個人的無意識が、人類全体に共通する集合的無意識と繋がり、その中に存在する未来の可能性や原型的なアイデアを捉え、作品として具現化した結果である、と解釈する視点です。
物理学者ヴォルフガング・パウリとユングの対話において、元型(集合的無意識の中の普遍的なイメージや思考パターン)が物理現象とも関連しうるという議論がなされました。ヴェルヌの描いた「未来技術」の原型的なイメージが、後の科学技術者たちの集合的無意識の中で形成され、具体的な発明や技術開発として実現に至った、と仮説的に考えることも、シンクロニシティの観点からは排除されないでしょう。
まとめ
ジュール・ヴェルヌのSF小説に見られる、未来の技術や出来事との驚くべき符合は、単なる作家の想像力と現実との偶然の一致として理解することも可能です。しかし同時に、ユングのシンクロニシティという視点から見れば、これは作家の内面世界と外界の物理的現実との間に存在する、意味のある非因果的な連関、すなわち集合的無意識を介した同期性の現れとして考察する余地がある事例と言えます。
ヴェルヌの事例は、創造性や想像力といった人間の内的な働きが、時に合理的な予測を超えて外界の現実と呼応しうる可能性を示唆しており、シンクロニシティという現象の多様性と奥深さを改めて感じさせます。こうした事例を通じて、私たちは現実と非現実、内面世界と外面世界の境界、そして偶然や確率といった概念について、深く思考を巡らせるきっかけを得ることができるでしょう。